遠距離恋愛というのが、実は究極の「束縛なき恋愛」なのかなあ…って思うときがよくある。自分がすでに遠距離恋愛(しかも複数だけどさ…←悪かったな)をしている身であるからこそ出てくる意見でもあるが、今の遠距離状態をめいっぱい楽しんでいるのが現在の私である。もちろん近くにいていちゃいちゃしているのもとってもいいけど(でも1人だけじゃないからハチ合わせっていうことになったら修羅場バンバ〜♪←ぉぃ)遠距離には遠距離なりのメリットがある。ま、複数愛する人を存在させるのを可能としているのもっていうのはおいといて…、距離が離れていてず〜っと一緒にいられる状況じゃないからこそ、かえって束縛されず、拘束されず、それ故にお互いに信じあって愛し合うといった「束縛なき本当の意味での愛」がはぐくめるのでは?と考えてしまうのだ。

 去年のある日、いつもつい夢中になってしまう(だから日記の更新がぁ…(^^;)っていうのはおいときましょう…とほほ〜スミマセン)某球団ファンサイトのチャットでたまたま男性2人と私のみで恋愛の話をしていた。たまたま私がいたから恋愛の話になっちゃったのだが(^^;)、そのときにある人(仮に某1さんとでもしましょう)が愛情というものは「惜しみなく与えるもの。けっして見返りを求めないもの」と定義づけていた。見返りを求めないもの…確かにそうである。私もこの定義付けに一致している。現在の私が遠距離恋愛であるがために見返りを求めたくても求められない環境だからもちょっとはあるけど、たとえ相手が近くにいたとしても、見返りを求めてはイケナイ。ただ、現実にお互いに近くにいるカップルだと、果たして見返りを求めない愛情で有り続けているのだろうか?私はそう思えなく感じてしまう。たとえば「オレはおまえを愛しているから、おまえは一生ついてこいよな!」といった「オレについてこい」的要求や、相手に対してやきもちを焼いたり嫉妬したりすることは、自分に対する愛情の単価として無意識のうちに見返りを求めているのではないのだろうか?恋愛はお互いに愛し合い、お互い自主的に努力しあって愛情をはぐくみあうものなのに、ついてこれない人は愛情がないっていうのはいささか勘違いだなぁ…と考えてしまう。また、嫉妬するのは一見愛情を確かめているようで、実は一方的に愛することを押しつけ、しいては愛情という名の元に束縛するものなのである。時々「オレは彼女に嫉妬された方がいいんだけどなあ…」ってのんきなことをいってる男性がいるけど、本当に嫉妬されたらどうなるのだろうか?まさか「うるせー!」なんていうんじゃあないんだろうね。←言う資格全くないし、「嫉妬されたいといっていざとなっていやっていうのはどういうことよ〜!うそつき!」そのものである。もっぱら、私は相手に対して嫉妬はしたことないし、嫉妬されたいなんて思うどころか嫉妬深くてやきもち焼きすぎる男性は敬遠してしまうのだが…。

 そういった意味で、私が現在やっている遠距離恋愛っていうものは、束縛なき恋愛=真実の恋愛にとってもっとも都合がいい恋愛状態なのかもしれない。遠距離恋愛なんてできないと思いこんでいるあなた、旅をして遠くの人を愛するというのにもチャレンジしてみては…?!

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